トークン token
暗号通貨 x 地域通貨


トークン化とは、「価値のある何か」の価値を可視化し、売買できるようにすること。
「価値のある何か」を、トークン化する。
それによって、その価値が可視化され、さらに流動性を持つようになる。
そのトークンには値段が付き、市場で売買・譲渡できるようになるということです。
トークン化はクラウドファンディングともよく似ています。
のちのち売却できる流動性がある点が大きな違いで、ここがパワフルなわけですね。
http://www.ikedahayato.com/20171030/72930036.html

トークンA;土地本位制・・・資産型

 

トークンB;不兌換=地域通貨的なもの・・・地域通貨型

 

トークンC;才能本位制=未来への投資・・・投資型

 
その他に、農地やそこで採れる農作物を裏付けとしたトークンや
工場や生産物なども
 
資産型トークンは議決権・経営権のない「株」と考えると分かりやすいかも。

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カウンターパーティーウォレット「IndieSquare Wallet」使い方(前編)
カウンターパーティーウォレット「IndieSquare Wallet」使い方(後編)

 

資産型

有限会社レストラン凱旋門 【設立】1978年1月20日(創業 戦前) 【所在】熊本市 中央区 出水 7-95-3 の土地・建物の不動産や設備の有形物、 ビジネスモデル・ノウハウ・実績・歴史の無形物を担保に2万枚を発行。 交換した通貨はJPYに両替しメインバンクの福岡銀行の専用口座に積立。 債務と同額になった時点で対消滅し金融システムから離脱。 地域通貨的トークンにより利益相当額を配当(事業性融資金利相当額の保証)。 その後、2万〜3万枚を追加発行し熊本市中心繁華街のビルを買収。 「まちなかビル無料解放区化計画」を実施。 地面の価格を無視し、マチをいかに楽しくするかをのみ追求。 事業体解散時は売却した資産を所有高に応じ分配。 120名 対応 結婚式・パーティー・宴会・イベント・講演会・ワークショップ・マルシェ。 スイーツ・ビュッフェ PRINCESS(下通り) 200円 BAR 秘密基地アジト(新市街) 300円 BAR スリーハンドレッド(下通り) 西日本最大級 4DJs & 4 FLOORs CLUB PYRAMID(宇城市) 復興デパート と 熊本ルミナリエ と ウエディング・パラディッソ/熊本復興委員会
1GAISENMON=10,000JPY

金券型

スイーツビュッフェPRINCESSや200円 BAR 秘密基地アジト、300円 BAR スリーハンドレッド 、スターライト カフェ&ウエディング、復興デパートでの支払いに使えます。ご協力いただいた方への謝礼としても使います。
1SWEETSBUFFET=1JPY

地域通貨型

熊本の地域通貨。 1HIGO=1円で熊本県内の加盟店で使用可能。 全国からのご支援、グループ補助金などの支援制度により設備・建物はだいぶ復旧しました。 熊本経済を牽引するエンジンは直りましたが、潤滑油・燃料が不足あるいは偏差し、まだ軌道に乗っていません。熊本の経済活性化のためご支援をお願いします。 集まったJPYは基金として、事業者の月1回の手持ちのHIGOの半分をJPYへの交換に充てます。
1HIGO=1JPY

投機型

革命債権 成功の暁にはレバレッジ1万倍。 目指すは永田町と霞ヶ関の無血開城。 体制内外の人々で、現状認識と未来予想は、表現の違いこあれ、ほぼ一緒。この手詰まりを打開するために、内と外を繋いで連携させる。 幕末〜維新、1945年を超えるドラスティックな「良い」変化を成し遂げ、歴史を我々の手に取り戻す。 二千年以上の歴史と毎年500兆円価値を生み出す1億人を超える人々が住むこの国を再建するのに数億円は安い投資だ。国民ひとりわずか数円。 意志x行動力x人数=変革の力 2007年 政府転覆を首都圏三千万人にテレビで訴え、YouTubeで 全国に衝撃を与えた外山恒一の元には若者達が百名近く結集している。 彼らに基礎的生活費として月10万円、交通費、宿泊費、会合費用などで年間500万円程度を与え、この国の建て直しに専従させる。 高速交通網と世界規模の即時情報網を与えた坂本龍馬を数十人規模で量産するのである。短期で雌雄を決することできる。スポンサーは我々一般市民である。 日銀の国有化/公正な自由選挙/富の再配分 我々は心置きなく、心配することもなく日々を暮らしたいだけなのだ。 この世界は本当は素晴らしい美しい世界なんだ。
1JREVOLUTION=1JPY
 
 
 

旅人の100ユーロ

 
ときは8月、黒海沿岸の町。

雨にぬれる小さな町は活気がなく、すっかり寂れていた。

人々は借金を抱えて苦しい生活をしているのだ。

その町へ、一人の旅人がやってきた。

そして町に一つしかないホテルに入ると、
受付のカウンターに100ユーロ紙幣を置き、
部屋を選ぶために2階へ上がって行った。

ホテルの主人は100ユーロ紙幣をひっつかんで、
借金返済のために肉屋へ走った。

肉屋は同じ紙幣を持って養豚業者へ走り、
100ユーロの借金を返した。

養豚業者はその紙幣を握ると、つけにしてある餌代と燃料代を払うために販売業者に走った。

販売業者は100ユーロ紙幣を手にすると、この厳しいご時世にもかかわらず、つけでお相手をしてくれる町の遊女に返そうと彼女のもとに走った。

遊女は100ユーロ紙幣を懐にしてホテルに走り、たびたびカモを連れこんだホテルに借りていた部屋代を返済した。

ホテルの主人は、その100ユーロを受け取ると、紙幣をカウンターの元の位置に置いた。

ちょうどそのとき、部屋をチェックして2階から降りてきた旅人が、どの部屋も気に入らないと云って100ユーロ紙幣をポケットにしまいこみ、町を出て行った。

誰も稼いでないけど、町中の誰もが借金を返し終わり、町は活気を取り戻した。

地域通貨のことを書いてみます。

 
ただこのような地域通貨は現行の、法定通貨を発行している政府から決して許されるものではなく、ただ理論だけと言うことになります。

ある一つの地域に100世帯の人が住んでいます、それぞれ何らかの労働に従事しており、全体の労働がこの地域を養うのに充分な量を持っています。
例えば1の世帯は 米を作る農家であり、2の世帯は魚類を捕獲し販売している漁業者でありというように、100世帯は各自この地域が必要としている労働に従事しています。
ただし現在は法定通貨という「円」を使っていますが、 今の日本の現状と同じように不況色が強く失業者もあふれる状態です。
ここである数人のリーダー的な人が集まりこの状態を何 とかしなくてはと考え、自分たちも地域通貨を導入してみようとなりました。
本来は地域通貨をその地域に導入することは財務省に届けなくてはなりませんが。
彼らはそのことを理解していなかったため、地域の中でプレス工業に従事している58番の人に数種類の通貨を発注いたしました。
それは現行の法定通貨に照らし合わせてみると、1円が あり5円、10円、50円、100円、500円、1000円、そして硬貨として5000円までは必要だろうと考えそれ等を作り出したわけです。
そしてこのプレスやさんには工賃として地域通貨を渡したわけです。
それほどの通貨に対しての理解をしていなかったことから、その通貨は貯蓄という溜め込みはできないわけでした。
彼らリーダーたちはプレス屋から受け取った彼らの硬貨をその地域の人に渡すべく、1割の上乗分をつけて現行の円との交換をいたしました。
最初は地域の人たちは1 割余分にもらえたうえ地域内でなら自由に使えるということで現行通貨から地域通貨に大量に交換しました。
ここでは交換に使われた現行通貨の「円」はリーダーたちの元へ大量に集められましたが、そのことは後で書くとしまして、今は交換された地域通貨に絞って書いていきます。
まず1の世帯が地域内にある6の人が作って販売している総菜屋に向かい今夜食べる夜食のおかずを買っていきました。
6の人も仕事が終わったときに飲むビール等酒類を15の人から購入しました。
このようにこの地域の人が日常必要としている商品は、地域の人たちが作ったもので充分間に合うため、この地域通貨は1から6に渡り、6から15に渡りとその価値を減ずることなく人々の間に流通していきました。
地域通貨で買い物が不自由なくできるということから人々は今まで我慢していた買い物へと走りました、それと同時に今まで売れなかった商品が売れ出したわけですから、生産を増やさざるを得ませんでした。
家長の生産だけでは間に合わず、それまで失業のため家でごろごろしていた息子にも別のところで生産販売をさせ、自分の労働で 生活を成り立たせるための金を稼がせ、ニート生活から解放させました。
今までその地域で失業していた人たちも、ある人は便利屋となり仕事が忙しくなった人たちの手足となり、1回5百円なりの配達料金を貰い商品を届ける仕事を立ち上げました。1回5百円でも1日に10人、15人から頼まれていくと充分生活が成り立ちました。
一度、法定通貨の「円」から交換された地域通貨は決して減ずることなくその地域の間を人々の労働によって作られた商品の交換に絶えることなく永久に回り続けるわけです。
ここでは波及効果は無限大ということになります。
生活が楽になったことから今まで別に生活をしていた年老いた老人を、息子なり娘が引き取り面倒を見ることができるようになりました。
また老人はそれなりに家での役割を見つけ店番として働いたり庭掃除をしたり孫の面倒をみたりと毎日が忙しくなりました。
そこで一番困ったのは銀行でした。
地域通貨では預金ができないため誰も銀行を利用する必要がなくなったため、毎日が開店休業状態となりそれまで働いていた行員が、その地域で自分にできる仕事を探し出し、ある人は赤提灯の居酒屋となり、また地域通貨では大型家電が変えないため、壊れて修理が必要となった人のため家電品の修理業を起業したわけです。
そこで一番困ったのは銀行家でした。行員もいなくなり銀行家だけが一人取り残されてしまったのでした。
最後に書くことはリーダーたちが手にした法定通貨の「円」はそのまま持っていたのでは地域通貨を発行したための莫大な利益(通貨発行益(シニョリッジ))になってしまうのでその地域では生産できない物を地域外から購入してきて地域通貨で売るわけです。
やがてこの地域では経済活動が活発になり、失業もゼロになったわけです。メデタシ、メデタシでおわります。

ヴェルグルの奇跡

ゲゼルの自由貨幣理論を導入して大成功を収めた町がありました。
オーストリア・チロル地方の小さな田舎町、 ヴェルグルです。
世界大恐慌の影響は、このヨーロッパの小さな田舎町にも波及していました。
当時の人口わずか4300人のこの 街には500人の失業者と1000人の失業予備軍がいました。
通貨が貯め込まれ、循環が滞っていることが不景気の最大の問題だと考えた当時の町長ミヒャエル・ウンターグッ ゲンベルガーは、自由貨幣の発行を実践してみることを決意し、1932年7月の町議会でスタンプ通貨の発行を決議しました。
不況の影響により、通貨の貯蓄性が過剰なまでに人々に 働きかけた結果、お金が循環しにくい経済状況が生じてしまったということですね。
それを重く見た町長は、貯蓄性を無効化するゲゼルの通貨理論に一縷の希望を見出したという訳です。
そこで、ウンターグッゲンベルガー町長自身が地域の貯蓄銀行から32000オーストリア・シリングを借り入れ、それをそのまま預金として預け、それを担保として32000オーストリア・シリングに相当する「労働証明書」という地域通貨を発行しました。そして、町が道路整備などの緊急失業者対策事業を起こし、失業者に職を与え、その労働の対価として「労働証明書」を与えました。
ここで注目していただきたいのは、発行されたお金は銀 行からの借金ではなく、銀行から借り入れた32000シリングを担保として発行した「公債」であるという点です。
この点の重要性ついては後述します。
労働証明書は月初めにその額面の1%のスタンプ(印紙)を 貼らないと使えない仕組みになっていました。
つまり、言い換えれば毎月その額面の価値の1%を失うことになるのです。
したがって手元にずっと持っていてもその分だけ損するため、誰もができるだけ早くこのお金を使おうとしました(貯蓄性の無効化)。
この「老化するお金」が消費を促進することになり、経済を活性化させたのです。
当初発行した32000シリングに相当する「労働証明書」は、次第に必要以上に多いことがわかり、町に税金として戻ってきた時に、そのうちの3分の1だけが再発行されることになりました。
「労働証明書」が流通していた13.5ヵ月の間に流通していた量は平均5490シリング相当に過ぎず、住民一人あたりでは、1.3シリング相当に過ぎません。
しかしながら、この「労働証明書」は週平均8回も所有者を変えており、13.5ヵ月の間に平均464回循環し、 254万7360シリングに相当する経済活動がおこなわれました。
これは通常のオーストリア・シリングに比べて、およそ14倍の流通速度です。
回転することで、お金は何倍もの経済効果を生み出すのです。
こうしてヴェルグルはオーストリア初の完全雇用を達成した町になりました。
「労働証明書」は公務員の給与や銀行の支払いにも使われ、町中が整備され、上下水道も完備され、ほとんどの家が修繕され、町を取り巻く森も植樹され、税金もすみやかに支払われたのです。
しかしながら、銀行が創造するお金のような「プラスの利子」は発生せず、無限の経済成長と、弱肉強食の経済競争を強制する性質はありません。
また、減価するため、お金を大量に保有することによる「支配力特権」も存在せず、本当にお金が必要な層にも、消費するのに十分なお金が供給されたのです。
このように、積極的に流通する性質に特化したお金は、経済的悪状況・不平等を取り除く効果があります。
ちなみに、ヴェルグルの成功を目の当たりにして多くの都市はこの制度を取り入れようとしました。
1933年6月までに200以上の都市で導入が検討されましたが、オーストリアの中央銀行によって「国家の通貨システムを乱す」として禁止通達を出され、1933年11月 に廃止に追い込まれました。